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神はどこにでもいるし、どこにもいない。
ずいぶんと陳腐な表現だが、最近は「神」をこんな風に考えている。
神というと普通は、
「人間の想像を超えた、あるいは人間が辿り着けない領域に在る存在」
というようなものではないだろうか。
神話に登場する神々は、真に「神」ではなく、「神の皮をかぶった人間」みたいな解釈をしている。
その理由としては、人間くさい素振りが多いとか、その行為の数々があまりに人間に似すぎている。
人間が創った存在だからそれは仕方がないことだ。
俺は自分の身近に存在するものの中でもっとも今の「神」の解釈に近いのが「自然」。
自然は語らない。自然は応えない。
いつも当たり前に存在するのに、それをいつも意識し続けるのは難しい。
自然の中に意思は存在しない。
今の人間は自然を湯水のごとく消費し続ける。
だから自然環境を保護する動きが目立つ。リサイクルが代表的である。
だが、自然環境の保護など、おこがましい行為に見えてならない。
なぜなら、「人間が自然を守っている」のではなく「自然が人間を守っている」という立場で俺は自分の住んでいる世界を見ているからだ。
自然環境なんて放っておいても時間さえあれば直ってしまうものだし、人が無闇に消費しなければこんなことにはならなかった。
昔の人間は、自然を畏敬の念を表し、常にそれを忘れなかった。
今の人間はもっと自然を畏れるべきである、と思う。
と、俺の場合は「自然」を「神」というものに当てはめて色々発言してみたが、やはり矛盾が目立つ部分が多い。
結局、「神」も「人」もいい加減で曖昧ということだけははっきりといえるのだが。
まあ、神話に出てくるような神々はとても好きではある。
それでは。
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